「牛や豚はすでに多くの人が手掛けていますから、新しくビジネスを始める際は羊のようにニッチなところから入るべき。例えば松阪牛のような成功例がすでに占めている市場に、今からブランディングして参入するのは難しい。一次産業である農林漁業の従事者が、二次の製造業、三次の小売業に至るまで一体となって進める「6次化」がよく言われますが、成功例は今のところ淡路島の三年トラフグ、大分の関鯖など数は限られます。最近はネット経由の販売で状況が変わってきてはいますが、自分の思いだけで「おいしい、おいしい」と手前味噌で言っていても、お客様が買わなければ意味はありません」
確かに理にかなった見立てと言えよう。もっとも、そもそも大阪の部品メーカーがなぜ、北海道で羊肉を清算しようと思い立ったのだろうか。
「実は、20年以上前から牧畜業を含んだ農業に興味を持っていました。なぜなら、わが社の売上高の約40%は自動車メーカー向けですが、その次に多いのが約25%の農業機械メーカー向け。本当により良いモノづくりを行うには、最終的にわが社の製品を使うユーザーを想像することが必要ですが、そのためには『顧客の顧客になる』ことが早道です。それは我々が農業機械メーカーの顧客、つまり農業機械の使い手になることなんです」
普通自動車と違って農業機械は、実際に農業を手掛けている者でなければなかなか買えないし、借りるのも難しい。三協精器は農業機械の利用者のニーズを理解するために、自らが牧畜業を含む農業の従事者、つまり農業機械のユーザーとなった。
加えて、買収当時のクスモトの売上高は、三協精器の10分の1以下の約1.2億円。この後に資金に窮したとして、例えば設備投資で冷蔵庫を買うとしても300万円程度。この金額で買える産業機械関連の設備は皆無だ。このスケール感の違いから、本業に影響はないと判断したようだ。
「それにグループ全体で見ると、資金繰りを柔軟に行えます。メーカーの資金回収は手形の期日が120日とか、長くて150日とサイクルが長期に渡るのに対し、飲食店は現金回収だし、カードの支払いでも1か月目。逆に農業は、例えば羊の飼料代などを「年1回の収穫時に支払う」という発想のサイクルです」
異なる事業どうし好不調を補い合って、資金繰りがよりスムーズになるわけだ。